春、桃の節句のひな人形を見るたびに、過ぎし日の事を思い出します。

 大東亜戦争で、博多の町から人形の姿が消えて行き、何人かの技術保存者のほかは、年寄りや女だけのつくる玩具に近い人形だけになった時期です。
夫が、戦地におもむく前夜つくり上げてくれた「潮汲人形」を、今の九州大学教育学部の前の、六本松の店のケースに入れて飾って置きました。
その人形は、ほこりをかぶりながら、たった一体でした。 子供をかかえ苦しく、わびしい私をはげましてくれていたのです。

やすらぎに飢えたあの頃、通りがかりか、それとも前から見ていたのか、若い海軍少尉さんが、「あす出撃します。ひそかに両親に別れを告げ、お嫁さんをさがしに来ました。」と訪ねてきました。
「お嫁さんを?」と聞きかえすと、「この人形です。これを抱いて行きたい。ぜひ売って下さい。」といいます。
「お望みですが、夫のたった一つの形見の作品なので、分けることは出来ません。」と断ると残念そうに帰って行きました。

家が近くにあるのか・・・旧制福岡高校の校舎に別れを告げに、立寄ったのでしょうか・・・・・。  
一旦断った私ですが、やがて思いなおし、当時は食べる物も、着る物もなく、夜も昼も空襲警報が鳴りひびき、お互いに明日のこともわからない。 そんな時代です。
大切な人形も運がなければこわされるかもしれない。
今、お役に立てようと追いかけて、出発直前の列車の窓から、手渡す事が出来ました。
「花嫁さんにして一緒に死ぬ事が出来ます。」と、ニッコリ笑って、白い手袋で挙手の礼をしました。
あの海軍さんの笑顔と白い手袋を忘れることができません。


 これは、「人形の季節」と題して発表したことのある随思の一部です。
その後、ひとつの人形をめぐって、失われた青春にとらわれた情念を、娘との関係を通して描き、テレビドラマ化されました。 でも私の体験とは大幅に変わっています。
「美的な世の中の物語として、かなり冒険したつもりです。」とは、ディレクターの言葉です。
 一週間泊まりこみで、私役の草笛光子さんに人形づくりを教えました。
私の造った沢山の人形と、私の手が出演したのです。
また、坂本九さんと結婚する、私の娘役の柏木由紀子さんの独身最後のドラマ出演ということでも話題になりました。

 あれからの青年士官と人形の運命は、私にはわかりません。 おそらく、南の海の底深く、眠っていることでしょう。
それにしてもこんな形でしか人間の愛を、人生の夢を託せなかったというのは、つらい、口惜しいことだったでしょう。 生きのこった私には、なおさらその気持が強いのです。

 春、人形によせる女心は深く・・・。
 江戸の前期は、ひな遊び。

中期からはひなまつり、と変わったそうです。
昔からの言いつたえに、「ひな人形は、ひな箱から出してやらぬと、しゅくしゅくと泣く・・・。」といいます。
そのひな人形にも、かわいそうに忍び泣きさせた暗い時代が続いたのでした。
そのことを、今の子供は知らないでしょう。
大人たちも、この話を語り継ぐことの意味を考えているのでしょうか。

 子供の夢であり、大人の夢であるひな人形。
そしてすべての人形を、これからは絶対にしゅくしゅくと泣かせたくはありません。
本当に、平和であって欲しいと願う今日この頃です。
 
人形の季節
   The season for dolls
 
おいたちと人形
 
卒塔婆小町と大臣賞
 
人形と平和
 
伎芸天とサリー
井上博多人形工房
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