三月、人形の季節。
日本の春は、桃の節句のひな人形からなんとも言いようのないほのかな暖かさがただよってくる。
春がめぐってくるたびに、私は過ぎた日のことが思い出される。  

世が乱れ荒れ果てて博多の町から人形の姿は消えて行き、何人かの技術保存者のほかは、年寄り、女、子供だけのつくる玩(がん)具に近い人形だけとなった時期がある。老いた両親と、二歳の女の子、三ヶ月の男の子を残して夫が戦地におもむく前夜作り上げてくれた遺作になるかも知れぬ人形を、店頭のケースに入れて飾って置いた。
やすらぎに飢えたあのころ。通りがかりか、それとも前から見ていたのか若い海軍の少尉さんが「あす出撃しますので、親たちに別れを告げ、嫁さんを探しに来ました」 「お嫁さん?」と私が聞き返すと「この博多人形です。これを抱いて行きたい。ぜひ売ってください」
 「お望みですが、夫のたった一つの形見の作で、分けることは出来ません」と断ると、残念そうに帰って行った。  

そのとき私は考えた。こんなに望む人のために、私自身が人形を創り出せないものか―。私にとっては大切な人形だったが、すぐ抱きかかえて鳥飼駅まで走り、出発直前の列車の窓から若者の手に渡すことが出来た。
それまで子供の夢とばかり思っていた人形が、おとなの夢でもあるというのは、私にとって一つの発見だった。それが見るもの聞くもの自然すべてを師として創り出す動機となった。  
でも、やっぱり貧弱な女一人。たいへんなことだった。そのとき、小島与一先生が、しっかりと手を取り、ぐんぐん引っ張り上げてくれた。「どんな困難にあっても強く生きて行きなさい」 一歩一歩小さく固めて行くということ。それが大切なのだ。
時間をかけて手堅く進めて行くべきだ。速攻は生煮えであり、中身まで、火が通ってないから、途中でこわれたり、馬脚が見えると、先生は教えてくださった。その先生も、いまはいない。  

キンモクセイのかおるころ。一人で大和路を歩いた。どの仏像にも異なった味のある見事な芸術品。その中でも、秋篠寺の技芸天に心を引かれた。半眼に開いた目、何か語りかけそうな格好良い受け口、東洋的な限りない人間味をたたえている鼻。いつの間にか私は頭を下げていた。  
このごろのように、せち辛い毎日では、現代女性美は般若型だという人がいる。けれども、私はこの技芸天のように豊かでふくよかな頬や、やさしい目が好きだ。煩悩も愚痴も、それらのものを含めた魂の呼びかけみたいなものが、その中に象徴化されているという感動である。

これからの人形は、この仏像たちのように、何千年何百年間、人の心を楽しませる、つまり永続する芸術品を創り出すことが出来たら――と心から思う。
人形の季節
   The season for dolls
 
おいたちと人形
 
卒塔婆小町と大臣賞
 
人形と平和
 
伎芸天とサリー
 
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