<三代続く博多人形師とお聞きしましたが、早くから進路を決めていたのですか。> 大学4年生の就職活動の時期になぜか人形作りへの興味も沸々と湧いてきたんです。そんな時、人形師の研究生を対象にした作品展の募集があって、応募してみようと見よう見まねで、はじめて人形を作ってみたんです。すると、どんどん人形作りへの興味が深まってきたんです。家族には人形師を継ぐと伝えると、すぐに弟子入りだと言われました。ですから卒業する前から、弟子としての生活が始まりました。 <当初は、どんな作品を作っていたのですか。> 例えば、22歳で市長賞展に出品したのは3人の女性が音楽を奏で舞い踊る世界。万葉集を読んでそのイメージを人形に託して訴えさせたいと思って作ったものです。技術では出せないような部分、例えば人形が感情を持っているように表現を大切にしています。 <山笠の人形製作を始めたのは。> 23歳で亀田均先生のもとに山笠の人形製作の修行に行かせてもらいました。実際に山笠人形を製作したのは、修行をはじめて6年後。先生から作ってみないかと進められたのが最初です。以来、毎年西流のかき山を製作しています。